レポート
2024年10月1日(火)
2024イベントレポート「たんけん!こども工芸館~光と影のヒミツ~」
おとなとこどもの自由研究 工芸の光と影展☆キッズ&ファミリースペシャル
国立工芸館
開催日 2024年6月18日(火)〜2024年8月18日(日)
- 彫刻・立体
- ワークショップ
- 工芸
- デザイン
- 伝統
- 人間国宝
- オブジェ
工芸とデザインを専門に紹介する国立工芸館では、夏季の展覧会に合わせて、子どもと一緒に楽しめるイベントを開催しています。2024年の展覧会テーマは「光と影」。ガラスや金属など素材固有の光や、漆黒との対比によって生まれる明るさ、暮らしにも身近な照明デザインなど、さまざまな素材、技法による光と影の表現が、約130点の作品によって紹介されています。
会期中に開催された「たんけん!こども工芸館~光と影のヒミツ~」は、展示室での鑑賞体験を「探検」と称して作品に出会うイベント。ワークブックやセルフガイド、工作のワークショップも交えたこのイベントに、7/15、21、8/17の3日間で合計214名が参加しました。子どもだけでなく、大人も一人の“探検家”として会場をめぐり、子どもとの鑑賞を楽しむ姿が見られました。
光と影の世界へ
国立工芸館は金沢市の中心部、豊かな木々に囲まれた本多の森公園の一角にあります。2024年6月18日に開幕した「おとなとこどもの自由研究 工芸の光と影展」は、同館が所蔵する工芸やデザイン作品を紹介する展覧会です。(会期:〜8月18日)
まず会場の入り口にそびえ立つのは、大人でも見上げるほどの黒く大きな立体作品。伝統的な工芸技法である乾漆と髹漆(きゅうしつ)を使って制作されたもので、漆黒という言葉の通り、艶やかな黒が来場者を「光と影」の世界に誘います。
そのほか会場では、陶器や金属で象られた動物、人形、鮮やかな色ガラス、繊細な模様が美しい飾箱など、さまざまな作品を見ることができます。およそ100年前の名品から現代作家の近作まで、年代もジャンルも幅広い構成となっています。
会期中、来場者には鑑賞のヒントになる「セルフガイド」が無料で配布されます。セルフガイドは、中学生以下を対象とした子ども用の「たんけんマップ」と、高校生以上を対象とした「おとなのための自由研究ノート」の2種類。どちらも、会場の作品から選んだ6点について、わかりやすい言葉で見どころが紹介されています。
工芸作品を鑑賞するというと、 “茶碗”や“着物”などものの形状に気を取られ、その結果「どこを見たらいいかわからない」「知識がないと楽しめない」という戸惑いが生まれてしまうことがあります。
だからこそ、セルフガイドにはあえて大胆にディテールをトリミングした写真が掲載され、鑑賞者の視点を作品の細部の表情へ誘います。特に子ども用の「たんけんマップ」のなかには作品の実寸かそれ以上のサイズで写真が印刷されているものもあり、肉眼では捉えられない部分も含め、かなり迫力が伝わってきます。
またこの「たんけんマップ」は、B5サイズの蛇腹折りで開いて持つと地図のよう。矢印に沿って会場を進むもよし、掲載された写真や、言葉を手がかりに作品を見つけに行くもよし、思い思いのスタイルで展覧会を楽しむことができるツールです。
ワークブック一つで、みんなが探検家に
「探検って、なあに?」
そんな素朴な疑問が聞こえてきたのは会場の入り口。声の主は3歳くらいの男の子です。そばにいたお姉ちゃんがすかさず「怖くないよ!」と手を引いて、少し暗い展示室の中へ進んでいきます。
子どもも大人も探検家気分。展覧会に合わせて開催された「たんけん!こども工芸館〜光と影のヒミツ」は、いつもと違う意識で展示を楽しむ仕掛けが満載のイベントです。
参加者はまず、チケットカウンターで「たんけんキット」と呼ばれるサコッシュを受け取ります。ここには、先ほど紹介したセルフガイドのほか、スタンプカードや色鉛筆、作品を観察するための単眼鏡ふうの「ジロメガネ」など、 探検に必要なツールがセットになって入っています。
続いてもうひとつ重要なアイテムが「たんけんかのおぼえがき」です。これはA5サイズのノート型のワークブックで、中を開くとさまざまなミッションが記されています。
まずは自分の名前や年齢を書き込み、続いて気になった作品のタイトルや特徴を記録してみる。さらにそれをスケッチしてみよう、というふうにページが続いていきます。
会場に足を踏み入れた子どもたち。はじめは保護者から「これは、なんだろう」「あっちにも何かあるね」と声をかけられながら展示ケースの中を見ていましたが、自分でピンとくる作品を見つけると立ち止まり、熱心にワークブックに書き込みを始めます。
この「たんけんかのおぼえがき」は、子どもだけでなく、大人も1人1冊配布され、みんなで同じミッションに取り組みます。
子どもがスケッチに熱中しはじめると、保護者の方たちも各々会場の中で自分がスケッチする作品を探しだします。子どもと一緒に観ていたときは足早に通り過ぎた作品の前に、あとから一人で戻ってくるお父さんもいました。
一般的に子どもと一緒に展覧会を観るときは、子どもの興味が優先され大人は自然と“接待役”に徹することが多いもの。このイベントでは、探検家という役割とそのミッションによって、いつもとは違う距離感で、親子が一緒に作品を楽しむ時間が生まれるようです。
受付では「え〜、夏休みの宿題みたい」と少し照れながらワークブックを受け取っていた大人たちも、会場ではいくつものスケッチでページを埋めていました。
「パッと見たときは、ただ花の模様だと思ったんですけど、よく見るとその中にいくつもの丸があることがわかって。絵を描きながらだと、普段とは違う気づきがありますね」
そう話してくれたのは、小学生の女の子と一緒に参加した保護者。スケッチしていたのは、松田権六の漆芸作品《蒔絵螺鈿有職文筥》です。一見複雑に見える模様も、自分で描いてみることで、どういうふうにできているか、その仕組みを理解できることもあります。
作品の形をとらえる人、模様だけを抽出して描く人、同じ作品でも人によって見るポイントも違います。
それぞれが見たい作品をじっくり見て、時折ワークブックを見せ合う。それを繰り返しながら、会場を進んでいきます。
思い出をバッジに刻む
展示室での鑑賞を終えたあとは、工作の時間。今まで見た作品の印象をアイデアに活かしながら、自分なりの模様を刻んだバッジをつくります。
使用するのは柔らかい金属のシート。裏側からボールペンで跡をつけることで、彫金にも似た表情の模様を出すことができます。
展示室で集めた模様を几帳面に写しとる子、描いた線が凹凸となって現れる素材の感触を自由に楽しむ子。紙と鉛筆を使う絵とは異なる体験に、参加者たちはふたたび熱中していました。
バッジの大きさは、子どもの手のひらくらい。参加者たちは、そこに3つ、4つと、自分が気に入った作品や好きな模様を組み合わせて配置していきます。
亀甲模様の輪郭のなかに亀の姿を描くなど、展覧会で見たものをベースに、遊び心を加える人もいました。
写真を撮ったり、メモをしたり、作品単体で記録するのとは違い、バッジづくりは自分が好きな作品や模様を組み合わせ、再構成する作業。家族や友達と一緒の時間を過ごした展覧会の思い出が、持ち帰れるお土産に生まれ変わります。
子どもの眼を借りて見る工芸
「普段は美術館に行ってもソワソワして落ち着かない子が、すごく長時間集中して絵を描いて、びっくり。という声を保護者の方達からよく聞きます。子どもが熱中している間に大人も自分で好きな作品を見に行って、戻ってみたらすごく上手に描けていて、またびっくり。うちの子、いつの間にこんなに成長していたの?という発見の場にもなっているようです」
そう話すのは、今回の展覧会を企画した国立工芸館主任研究員の今井さん。
視覚だけなく、触覚や聴覚、言葉、ときには嗅覚や味覚も働かせて工芸に向き合う問いかけや、宝探しのような設定など、子どもが主体的に活動できる企画を通して、その感性を育む試みを続けています。
子どもたちが描く絵には、作品を見て感じたことが素直に表れる。それだけでなく、教えていないはずの技法や素材の特性など、工芸ならではの専門的な表現を驚くほどによく捉えていることが多いそうです。
金属を叩いて形成された作品には、叩きつけるような鉛筆のタッチ。細かい卵の殻で表された模様には、ひび割れを表す無数の線。適当に描き殴ったようにも見える渦巻きは、ガラスの中で混ざり合う色を表していた、など。子どもだから、と侮っていると、逆に大人のほうが本質に気付かされることもあります。
国立工芸館でも、子ども向けの取り組みを始めた当初は動物や玩具など、子どもにも親しみやすいテーマを選んでいましたが、現在は、あえて大人向け展覧会と変わらない基準で作品を並べています。
工芸ってなんだか渋そう、大人でも難しそうなのに?
そういうふうにちょっと構えてしまうものこそ、子どもと一緒に、その眼を借りることで、 柔軟に楽しむヒントが得られるかもしれません。
取材日:2024年7月21日、8月17日
編集:高橋佑香子
Photo: haruharehinata