レポート
2024年9月28日(土)
2024イベントレポート「びじゅつあーすぺしゃる「いろいろみ〜ろ」/こどもまんなか NMAO ファミリー☆デー!」
国内外の現代美術を中心に紹介する大阪の国立国際美術館では、館を代表するコレクションのひとつジョアン・ミロの作品《無垢の笑い》(1969年)をさまざまな角度から楽しむプログラムびじゅつあーすぺしゃる「いろいろみ〜ろ」が開催され、8月24日(土)25日(日)の2日間で、小学生以下の家族を中心に183名が参加しました。
また8月25日(日)は「こどもまんなか NMAO ファミリー☆デー!」に設定されており、ベビーカーを押して来館する家族の姿も多く見られました。開催中の特別展「梅津庸一 クリスタルパレス」で展示された作品を指差しながら話をしたり、椅子に座ってコレクション作品を楽しんだり、それぞれのペースで過ごしていました。
作品と出会う
国立国際美術館は、大阪市の文化芸術拠点としても知られる中之島にあります。世界的にも珍しい「完全地下型」の美術館で、竹をイメージしたユニークなオブジェに囲まれた入り口から、エスカレーターを下りて建物の中に入っていきます。
今回の主役となるジョアン・ミロの《無垢の笑い》は、地下1階から地下2階のコレクション展示室に続く吹き抜けの壁に展示されています。勢いのある黒い線と、赤や黄色など鮮やかな色づかいで構成されたこの作品は、全長12 m。640枚もの陶板を組み合わせてつくられています。
今回はこの作品をほぼ正面の高さから眺められる、地下1階のフロアに特設ブースが設けられ、作品の魅力を味わうための8つのアクティヴィティが用意されました。
会場を訪れた参加者はチェックインを済ませると、早速、靴を脱いでブースのなかに。8つのアクティヴィティを進める順番は特に決まっていませんが、年齢を問わずはじめて作品に出会う人にもぴったりなのが「色のいろいろ」です。
使うのは作品の画像をモノクロで印刷した用紙。白抜きになった色の部分をクレヨンや色鉛筆で塗り分けて、本物と同じ配色で絵を完成させます。単純な塗り絵のようにも見えますが、どこにどの色が使われているのか見分けるためには、抽象的な形の集合体である作品を注意深く観察する必要があります。
真ん中から隣り合う枠の中を順番に塗り潰していく子、同じ色が使われている部分を数えて一色ずつ塗り分けていく大人、ひとつのテーブルを囲む家族でもそれぞれのやり方で作業が進みます。
同じ配色でもその人の筆圧や画材によって、印象の違う仕上がりに。自分で塗ってたしかめてみることで、作者の巧みな色づかいにも気づくことができます。
もうひとつ、子どもたちにも人気が高く、入門編としてもおすすめのアクティヴィティが、作品の絵柄を60のピースに分割した「みろパズル」です。参加者たちはバラバラになったピースを上下左右に回転させ、本物の前にかざして見比べながら、パズルの組み立てに挑戦していました。
もともとモチーフとなった作品も、実物は陶板のピースを組み合わせてつくられており、パズルとの共通点もあります。ブースの一角には、その原寸大の陶板のレプリカが用意されました。
間近に見る陶板は、大人でも思わず「重っ…」と声が漏れるほど、ずっしりとした量感があります。子どもたちも一緒に持ち上げたり撫でたりしながら、重さや表面のツヤツヤした質感などをたしかめていました。これもひとつのアクティヴィティ「640分の1」です。
観察することから
「色塗りもパズルも取り組んでいくうちに、自然と作品をじっくり観ることになると思います。鑑賞という言葉にとらわれず、まずは観察することから。家族で話しながら作品を楽しんでもらえるといいですね」
そう話すのは、国立国際美術館主任研究員の藤吉さんです。
今回扱うジョアン・ミロの《無垢の笑い》は、もともと1970年の日本万国博覧会のガスパビリオンのために制作され、国立国際美術館が1977年に開館してからは常設展示作品として多くの人に親しまれてきました。
美術館の空間の一部として定着し、いつでも見ることができる作品。だからこそ、なかなか立ち止まってじっくり観る機会がないという側面もあります。
今回のプログラムでは、あらためてこの作品の魅力を深掘りしながら、ほかの美術作品と向き合うときにも活かせる観察のコツや手がかりを、体験していく仕掛けになっています。
あらためて作品をじっくり見てみると、画面のなかには目玉のような形の模様がたくさん描かれていることに気づきます。これを生き物の目に見立てて、絵を描いてみようというのが「この目はだれの目」というアクティヴィティ。
アーモンド型の目、丸い目、ひとつ目の横顔やふたつ組み合わせた正面の顔など、子どもたちは自分で選んだ色紙を使って思い思いの動物を生み出していました。
一つ、また一つと、用意されたアクティヴィティにチャレンジする子どもたち。そのやる気を刺激していたのが、達成するごとに受付でもらえるシールです。
シールと一緒に配布される解説カードには、作品の色や形、作家の考えなど、達成したアクティヴィティにちなんだ切り口で作品の情報が紹介されていて、後で子どもと一緒に読み返して理解を深めることができます。
目と手と足と、言葉も使って
アクティヴィティのなかには、色や形だけでなく、言葉を使って取り組むものもあります。
「じょあんみろでなんとか詩」では、作品を見ながら、作者の名前「じょ・あ・ん・み・ろ」から始まる言葉をつなげて詩をつくります。「ん」の部分には自分の好きな文字を入れていいというルールです。
「あ」の欄には作品に使われている「赤」や「青」など色の名前を入れたり、「ろ、は何?」「ろうそく、ロマンチック…」と家族みんなでアイデアを出しあったり。音の響きが手がかりとなって、作品に描かれた抽象的な形に動物やその動きを連想した子もいました。
《無垢の笑い》は、館内のさまざまな場所から見ることができる作品です。「ベストスポット」というアクティヴィティでは、参加者が館内を自由に移動しながら、作品が一番いい眺めで見えるポイントを見つけて共有し合います。その成果が、ブースの片隅に掲示された館内マップにシールや付箋として表されていました。
それぞれ選んだ理由には、正面から見える、近くで見える、という意見のほか、窓から差し込む光の具合やそれによって変わる色の見え方がいいという視点もありました。
また「たてもののなかのみろ」というアクティヴィティでは、美術館の建物をかたどった模型を使い、この作品をじっくり見てから、たてもの模型のこの作品の場所にどのようなパーツを付け加えるといいかを自分で考えてみます。
この模型は見るだけでなく、見えない人、見えにくい人など、だれとでも触って楽しむことを前提に作られたツールで、参加者は指先を使って建物の構造を確かめながら、空間と作品の関係に想像を膨らませていました。
国立国際美術館では、こうした視覚以外の感覚に着目した鑑賞ワークショップに普段から取り組んでいます。今回のプログラムではこのたてもの模型のほか、作品の色面をいろんな素材に置き換えた鑑賞サポートツールも用意されました。
「さわってみろ」というアクティヴィティでは、このツールを使い、作品の色をさまざまな感覚に置き換えて味わいます。
まずは作品の色から具体的なものを思い浮かべてみる。さらにその色の印象を、触り心地に関するオノマトペや言葉で言い表すと?というふうに、発想を広げます。
色や形など普段視覚的に捉えている情報を、他の感覚に置き換えて伝える試みは、目の見えない人、見えにくい人も含め、より多くの人たちと美術を一緒に楽しむ手がかりになりそうです。
子どもと一緒に美術館へ
「いろいろみ〜ろ」の会場には1歳前後の赤ちゃんもいて、兄弟姉妹がアクティヴィティに取り組むそばで、模型やツール、ブースに敷かれた「ミロカーペット」などにも興味津々で手を伸ばしていました。
さまざまな質感のテキスタイルを組み合わせてつくられたこのカーペットは、《無垢の笑い》の大きさやモチーフを視覚にたよらず体感することができ、見えない人、見えにくい人とも楽しめるように開発されました。
こうして子どもたちの感覚を刺激するものが、美術館にはたくさんあります。
8月25日は「こどもまんなか NMAO ファミリー☆デー!」にも設定されており、展覧会会場では保護者と一緒に子どもたちも作品を楽しんでいました。
美術館にはもともと授乳室やキッズルームなど子どもと過ごすための設備があり、本来子どもたちはいつでも歓迎されています。一方、普段の展示室は大人がほとんどで、とても静かな空間。子どもが動き回ったり、声を出したりすることに気兼ねをする保護者の声も少なくありません。
だからこそ「ファミリーデー」のように同じ年代の子どもが集まりやすい日を設けることで、保護者の緊張を軽減できる面があります。親子ともにリラックスできることは、はじめて美術館を訪れる子どもたちにとっても重要です。
展示室でのびのび過ごす子どもたち。作品を指差したり、そっぽを向いたり。好きなもの、興味のないもの、作品に対する素直な反応を見ていると、大人同士で語り合うときとは違う視点に気付かされます。
年齢や、体や心の特性など、自分とは違う見方で作品を捉える人たちと同じ時間を共有することは、お互いの世界を広げるきっかけになりそうです。
取材日:2024年8月25日
編集:高橋佑香子
Photo: haruharehinata