レポート
2025年4月9日(水)
2025イベントレポート「国立工芸館☆春待ちスペシャル「たんけん!こども工芸館~つぎつぎぬのワークショップ」」

国立工芸館☆春待ちスペシャル「たんけん!こども工芸館~つぎつぎぬのワークショップ」
国立工芸館
開催日 2025年3月22日(土)
- 彫刻・立体
- ワークショップ
- 工芸
- デザイン
- 伝統
- 人間国宝
- オブジェ
工芸とデザインを専門に扱う国立工芸館では、2025年2月から3月にかけて「国立工芸館☆春待ちスペシャル たんけん!こども工芸館」と題した3つのイベントが開催されました。第2弾は、3月22日(土)にテキスタイルデザイナーの須藤玲子さんを講師に招いて行われた「つぎつぎぬのワークショップ」です。会場では、中学生以下の子どもとその家族9組28名が参加し、オリジナルのスカーフや風呂敷づくりに挑戦しました。
材料とするのは、須藤さんが代表を務めるテキスタイルデザイン・スタジオ「NUNO」の個性豊かな布。色も質感もさまざまな布のなかから気に入ったものを組み合わせ、パッチワークの要領で形にしていきます。作品が完成すると、参加者たちはさっそく首に巻いたり、ものを包んだり、使い心地をたしかめて楽しんでいました。
約1,000枚の布のなかから
3月下旬、国立工芸館の裏手には小さな梅の木が花をつけています。初回のイベントが行われた2月には、雪に覆われていた建物前の広場でもベンチに座って日向ぼっこをする人の姿が見られました。

今回制作するのは、少しずつ装いも軽やかになっていくこの季節にぴったりのアイテムです。会場のテーブルには、材料となる布がずらり。色合いごとに濃淡がグラデーションになるように並べられていて、すでに、これ自体がインスタレーション作品のようです。
織り、染め、レースに刺繍、伸縮性のあるニット素材。その多様な魅力は、技法で説明するよりも、「ふわふわ」「さらさら」「キラキラ」「スケスケ」とオノマトペで表現したほうが伝わりやすいかもしれません。


約30人の参加者に対して、用意された布は約1,000枚、種類にして200ほど。比較的最近つくられた布が中心とのことですが、なかには、もう手に入らない貴重なものもあるそう。今回、参加者たちはここから各自7〜9枚の布を選んで作品をつくります。
ワークショップは、まず須藤さんのレクチャーからはじまりました。私たちの暮らしに身近な繊維素材の歴史をおさらいしながら、その種類や特徴を教わります。


「麻はとても丈夫な植物だから、昔の人は、子どもが元気に育つよう願いを込めて、麻の葉模様の布をおしめに使っていたんですよ」というエピソードが紹介されると、会場の大人たちからは「へえ〜」と感心する声が漏れていました。
レクチャーが終わると、さっそく作品づくり。まずは布選びです。「ここが一番、難しくて、時間がかかる」という須藤さんの予想通り、テーブルのまわりでは、参加者たちが布を触ったり組み合わせを試したりしながら、布選びに熱中していました。


「ママが一番迷ってる」と、一足早く席に戻った子どもたち。選んだ布を覗いてみると、自分の好きな色で揃えたり、異なる質感を合わせたり、直感力の鋭さがうかがえます。一見バラバラに見える組み合わせも、並べてみると意外な調和が生まれるようです。
用意された布の形は、正方形が1つと、長方形が大・中・小の3つで計4種類。

ここから7枚選んで縦につなげればスカーフ、9枚を正方形になるように並べると風呂敷、というふうに同じ材料を使って、2種類のアイテムどちらかを選んで制作できます。各テーブルには、手描きのイラストがかわいらしい手順書が用意されていて、参加者はそれをヒントに制作に取り掛かります。
風呂敷のほうがやや難易度は高いのですが、冒頭のレクチャーで、風呂敷で手提げをつくるデモンストレーションを見て「あの鞄をつくりたい!」と張り切る子も多くいました。


はじめての縫い物に「え!」
このワークショップは、これまで国内外の美術館などで何度か開催されていますが、今回の参加者はそのなかでも年齢層がかなり低く、まだ学校で裁縫を習う前の、小学校低学年や未就学の子も多くいました。

この日はじめて針を使うという小学1年生の男の子は、お母さんから手ほどきを受けると、「え!楽しい」と、驚きながらもコツを掴み、自分で縫い進めてスカーフを完成させていました。
縫製には刺繍糸を使うので、子どものおおらかな運針でも、しっかり布を止めることができます。縫い目にシワが寄ってしまっても、逆にそのギャザーが作品に立体感を与えて、おもしろい表情として活かされていました。そばで見ていた須藤さんも「縫い物って、年齢関係なく楽しめるんだね」と、感心した様子。

また、低年齢の参加者が多かったことは、想定外の展開も生み出しました。通常、大人用のスカーフをつくるには、7枚程度の布をつなぎ合わせるのですが、子どもが自分で使うなら3〜4枚でも十分スカーフとして使えるサイズになります。
早々に作品を完成させ、2つ目に挑戦する子もあらわれました。自分用には黒と白のシックな色合いでスカーフを仕上げたお兄ちゃんは、まだ針を持てない2歳の妹のために、彼女が好きなピンク色の布でスカーフをつくってあげていました。

企画当初は、親子での合作も想定されていましたが、実際には大人も子どもも、ほぼ全員が、自分の作品づくりに熱中していました。
布のなかにあるストーリー
このワークショップは、すでに用意された素材がインスピレーションを与えてくれるので、まず手を動かしてみるという、最初の1歩を踏み出しやすい良さがあります。

1針1針手を動かしながら、選んだ布をじっくり見ていくうちに、新しいイメージが浮かぶこともあります。縫い進めながら「やっぱり、こっちにしよう」と布を選び直しにいく人もいました。
みんなが制作に集中しているころ、少し静かになった布選びコーナーでは、布のなかにあるモチーフをいろんなものに見立てて楽しむ会話も生まれていました。須藤さんと一緒にワークショップを担当するNUNOの安井裕美さんが、ある男の子に「これは、キャンディをモチーフにした布だよ」と紹介すると、彼は「じゃあ、こっちはチョコレート?」と丸い刺繍の模様から想像を広げます。
さらに、表面に長い糸がフサフサ生えたような布を「草みたい」、その裏面にあらわれた細い糸のまばらな様子は「雨みたい」、四角い穴がたくさん並んだ布のことは「これはドアで、たくさんあるからドアの街」と名付けるなど、自由な感性で布に親しんでいました。
その様子を見た須藤さん、すでにスカーフを縫い上げていた彼にもう1つ特別な作品づくりのヒントを提供します。

同じ大きさの布を2枚重ねて、3方をコの字に縫い合わせて袋状にし、そこに別の布を2枚それぞれ縦半分に折って縫い合わせ、袋の開いたところに取り付けると手提げ袋のできあがり。
男の子は、須藤さんとの合作で生まれた手提げ袋を覗き込んで、「これ、絵本が入るかなぁ」と満足そうでした。

何度も生まれ変わる
今回使用した布はあらかじめ端の処理がしてあるので、糸がほつれてくることがありません。そのため、1度縫い合わせたものを解いて別のものにつくり替えることもできます。
もともと日本人が着物を日常着としていたころには、そうやって縫い目を解いたり、縫い直したりしながら、布地を長く大切にしていました。
このワークショップはタイトルに「つぎつぎ」とあるように、「つぎあて」など、日本古来の布文化に着想を得て生まれたもの。参加者に提供された素材は、もともと洋服やクッションなどNUNOで製品をつくるときに出た端切れです。

NUNOでは1984年の設立以来、3,000種近くのデザインを生み出してきました。日本各地の工場と試行錯誤を重ねてつくりあげた布だからこそ、端切れでも簡単には捨てられないという須藤さん。今回用意されたパーツには最小で10×20cmのものもあり、素材を無駄にしないという徹底した姿勢がうかがえます。
冒頭のレクチャーでは、繊維素材のもととなる資源の有限性についても触れられました。ものをつくるということは、同時に資源を消費することでもあります。その葛藤があるからこそ、優れたデザインが生み出せるのかもしれません。レクチャーを受けた参加者たちからも、「こうやって、アップサイクルできるのは良いね」という声が聞かれました。

デザイナーや工芸家と一緒に行うワークショップには、創作の楽しみだけでなく、身の回りの「もの」との新しい向き合い方のヒントがたくさん隠れています。今日の体験を通して得た気づきも、参加者の生活に小さな変化をもたらすのかもしれません。
取材日: 2025年3月22日
編集: 高橋佑香子
Photo: haruharehinata