レポート
2024年9月6日(金)
2024イベントレポート「ゆったりBABY DAY」
西洋美術の名作を楽しめる国立西洋美術館では、小さな子どもと一緒にリラックスして美術館で過ごすイベント「ゆったりBABY DAY」が開催されました。同館のコレクションを紹介する常設展会場には、9月24日(火)、30日(月)の2日間で乳児を含む未就学児とその保護者約500名が訪れました。
ルノワールやピカソなど著名な作家の絵画を眺めたり、ロダンの彫刻を前にポーズをとってみたり。親子はもちろん祖父母も交え、家族で美術館を楽しむ姿が見られました。当日に行われたミニレクチャーでは、身振りや歌も取り入れながら、子どもの興味に寄り添う作品鑑賞のコツが紹介されました。
建物から名作ぞろいの美術館
東京・上野にある国立西洋美術館は、20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエによって設計された美術館としても広く知られています。
2016年には「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」として、同館を含む7ヶ国17の資産が世界文化遺産に登録されました。
本館はピロティなど、ル・コルビュジエの提唱した「近代建築の5つの要点」が、具体的に表現されています。
1959年に開館した国立西洋美術館は、フランス政府より寄贈返還された「松方コレクション」を基礎として、ルネサンスから20世紀半ばまで幅広い年代の西洋美術の作品を多く所蔵。常設展では、誰もが一度は耳にしたことのある作家の名品を紹介しています。
今回の「ゆったりBABY DAY」は、休館日を利用して行われました。普段は多くの人で賑わう常設展の会場も、この日は入場者の枠を通常の3割ほどに限定。ベビーカーを必要とする乳児と一緒でも、ゆったり展示室を回ることができます。
歌ったり、踊ったり、楽しみ方いろいろ
会場では、子どもと一緒に美術館を楽しむためのミニレクチャーも行われました。講師は、「NPO法人 赤ちゃんからのアートフレンドシップ協会」代表の冨田めぐみさんです。
「アートは、子どもの好奇心や能動性を引き出してくれるもの。子どもが作品に興味を示したら、特別なコメントで褒めようとしなくても大丈夫です。微笑んで共感を示してあげましょう」
子育てを応援する視点で、子どもの成長に合わせた楽しみ方を紹介する冨田さん。子どもを抱っこして鑑賞するコツを実演するときには、幼いキリストの姿を描いた聖家族の絵画を例にするなど、国立西洋美術館のコレクションも話題に取り入れながら、レクチャーは進みます。
後半では、タンバリンやマラカスなどの楽器を演奏する場面も。
もし展示室で鳥がモチーフとなった作品を見つけたら、一緒に鳥が出てくる童謡を歌ってみましょう。躍動的なポーズの彫刻に出会ったら、踊るように身振りを真似してみましょう。
「ロダンさ〜ん、ロダンさ〜ん」と、作家の名前に節をつけて繰り返すだけで、即興の歌が出来上がります。
お話中は少し退屈そうにしていた子も、楽しい音のリズムに反応している様子。最後はみんなで手拍子をして、レクチャーは30分ほどで終了しました。
レクチャーの会場となったのは、中庭に面したレストラン「CAFÉ すいれん」です。この日は、来場者の休憩場所として解放されました。テーブルやソファ席もあるので、荷物を置いてミルクや離乳食など子どもの食事をとることもできます。
営業はお休みですが、キッチンにはカフェスタッフがいて、ミルク用のお湯の提供や、離乳食の温めに対応。
いつもと違う工夫は、ほかにもあります。入口付近にベビーカー置き場を設けたり、通路やロビーに設置するベンチを増やしたり。
普段は黒いジャケットに身を包んだ看視や受付のスタッフも、この日はみんな普段着で、どこかアットホームな雰囲気。空間全体で、赤ちゃんとその家族を温かく迎えます。
また一般的に美術館では、一度外に出てから会場に戻る「再入場」ができないか、都度の申し出が必要なケースが多いもの。「ゆったりBABY DAY」では当日に限り何度でも再入場可能とし、入場券ステッカーを配布することで再入場をスムーズにする工夫も行われていました。
静かな展示室は、お昼寝のチャンスタイム?
常設展の会場は本館1階からはじまります。ル・コルビュジエによって「19世紀ホール」と名付けられたこの展示室は、大きな柱が支える吹き抜けの空間で、頭上の窓から柔らかな光が入ります。
展示された4体のロダン彫刻の前では、先ほどのレクチャーを聞いていた2〜3歳くらいの子が、さっそくポーズを真似して遊んでいました。
そこから2階の展示室へはスロープが続きます。ル・コルビュジエが多くの建築作品に用いたコンセプトのひとつで、斜路を上がるにつれて少しずつ変わる景色を楽しむことができます。段差がない設計は、ベビーカーを押したまま移動ができるという利点もあります。
2階でまず紹介されるのは14~16世紀ごろルネサンスの時代の宗教画。さまざまな形の額に飾られた、厳かな雰囲気の作品が続きます。
「暗くて静かな展示室は、お昼寝する子も。お昼寝時間は保護者の方ご自身が鑑賞するチャンスタイムですよ」
先ほどのレクチャーであった“予言”の通り、特に1歳未満の子どもたちはとても静かに過ごしている様子。もともと入場者数を限定しているので、人を避けるためにベビーカーの位置を気にする必要もありません。保護者もマイペースに作品を見ている人が多い印象でした。
国立西洋美術館の常設展では、一部の作品解説をスマートフォンで見ることができます。子どもを抱っこしているなど、キャプションに近づくのが難しいときも、作品情報に触れることができます。
会場の順路に沿って、作品の年代も進みます。この展示室には、ルーベンスの作品《眠る二人の子ども》が展示されています。
モデルとなったのはそれぞれ1〜2歳ごろの子どもと推定されています。ちょうど会場に来ている子たちとも同年代でしょうか。あどけない寝顔が印象的な絵画です。
来場者にはこの作品を表紙にした記念の鑑賞カードも配布されました。サイズはA4二つ折り。開くと、左側には気になった作品のタイトルや印象に残ったことを書き留める欄があり、右側はフリースペースになっています。
常設展に展示された作品の情報は、同館のWebサイトでも紹介されています。家に帰ってからゆっくり作家名やタイトルを記入したり、画像を見返しながら気に入った作品の絵を描いたり。展示室で撮影した記念写真を貼り付ければ、子どもが成長したあとで振り返って楽しめる、思い出の記録カードにもなります。
一緒に見たという思い出
常設展の会場は、さらに渡り廊下を通って新館に続きます。19世紀以降の絵画、彫刻を紹介する展示室には、丸や線など単純な形で構成された抽象画や、食べものや動物、自然な表情の人物を描いた作品も多く並びます。
これらのモチーフは、乳幼児が興味を持つ傾向のあるものとしてレクチャーでも紹介がありました。会場の子どもたちも、展示された作品のほうへ手を伸ばしたり、声を出したりしていました。
子どもらしい素直な反応を、保護者もおおらかに見守っている様子。「ゆったりBABY DAY」では、まわりもみんな子ども連れ。お互いさま、という連帯感が緊張をほぐすきっかけになっていたようです。
2階展示室をぐるりと巡って下に降りると、中庭を望む大きな窓のある展示室があります。展示室ごとに空間の雰囲気が大きく変わるのも、この美術館の特徴のひとつ。
バルコニーからの眺めや、窓から見える景色、光の変化なども子どもの感性を刺激します。
「さっきまで眠っていたんですけど、モネやルノワールがある展示室で目を覚ましてくれて。もともと私が好きな作家だったので、一緒に観たねっていう思い出ができてよかったです」
そう話すのは、7ヶ月になる子どもと一緒に来ていたお母さん。
常設展には、ほかにもピカソ、マネ、ゴーガン、クールベと挙げればきりがないほど日本でも人気の高い作家の作品が目白押し。
彼らは、時代や地域を問わずさまざまな美術館や、教科書、テレビなどでもしばしば紹介される作家です。
またどこかで、同じ作家の作品と再会する機会があったら、子どもに今日の思い出を話してあげよう。そんな楽しみの種を持ち帰れるのも、国立西洋美術館ならでは。
同館の常設展は、一定期間ごとに作品の入れ替えを行なっていますが、前庭の彫刻など期間を問わず観られるものも多くあります。
今日は見上げるように大きく感じた作品も、時間が経てば違う見方ができるかもしれません。
家族ごとのライフサイクルに合わせた、美術との長い付き合い。「ゆったりBABY DAY」は、そのはじまりを予感させるイベントでした。
取材日:2024年9月30日
編集: 高橋佑香子
Photo: haruharehinata
※国立西洋美術館提供の写真「(C)国立西洋美術館」を除く