レポート
2024年9月5日(木)
2024イベントレポート「Family Day こどもまっと 2024」
19世紀末から現代までの日本美術を中心に、国内最大級のコレクションを誇る東京国立近代美術館では、子どもと一緒に美術館を楽しむイベント「Family Day こどもまっと」が開催されました。2023年に続いて2回目となる今年は、9月21日(土)、22日(日)の2日間の日程で、小学生以下の子どもとその保護者を中心に5,368名が会場を訪れました。
展示室では、ガイドスタッフとの対話鑑賞や、ビンゴカードを使ったモチーフ探しなど、子どもの年齢や興味に合わせたアクティビティに取り組む家族の姿が見られました。また、建築のデザインなどを手がかりに建物を探検するプログラムでは、さまざまな角度から美術館を楽しむヒントが紹介されました。
多彩なコレクションをたっぷりと
日本で最初の国立美術館である東京国立近代美術館は、皇居の北側、お濠に臨む場所にあります。イベントのタイトル「こどもまっと」は、同館の略称「MOMAT」に由来しています。
イサム・ノグチの彫刻作品が見える前庭を通り建物に入ると、内部は4つの展示フロアに分かれています。
今回のイベントでは、作品の展示室を中心に館内のさまざまな場所で楽しめるプログラムが用意されました。参加者は受付で配布されるマップを見ながら、好きな順番で館内を巡ることができます。
マップには展示やプログラムの情報だけでなく、子どもと一緒に過ごすために必要な情報がアイコンで示されています。この2日間は、館内のいろんなスペースを活用して休憩場所や、飲食可能エリア、ベビーカー置き場や授乳室などを増やす対応をしています。
また、会場入り口そばのエントランスホールには、靴を脱いで上がれる「キッズスペース」が設けられました。会場に入る前に一休みすることもできます。
東京国立近代美術館の特色のひとつは、コレクションの豊富さです。同館の所蔵作品展「MOMATコレクション」は、美術館の2階から4階の計12室にわたる大規模な展示で、重要文化財を含む約13,000点のコレクションから、その時々のテーマに合わせた200点ほどの作品を楽しむことができます。
展示された作品を観るには、まずエレベーターで4階へ。
会場の入り口付近では「すごい、写真みたい…」という声が。展示ケースの前で小学生の男の子が眺めていたのは、精緻な表現で舞姿を描いた日本画でした。
展覧会の起点となるこのエリアには、明治時代に制作された作品が多く展示されています。
これはもともと「MOMATコレクション」が、19世紀末から今日まで日本美術の流れを辿る構成になっているから。動物や人物などもよく登場するこの時代の作品は、子どもと一緒に話しながら鑑賞をはじめるのにも相性がよかったようです。
動物が描かれた屏風を前に「お猿さんがいるね」と保護者が話しかけたり、浜辺の絵の前で抱っこされた子が「海は広いな」と歌い出したり。一方、絵画の前ではそっぽを向いていた子が、ブロンズの彫刻をまじまじと見て「おじちゃん」と指差す場面もありました。
コレクション展の会場には他にも、シュルレアリスムや前衛的な絵画、写真や映像、ドローイング、インスタレーション、版画、工芸など、多彩な作品が展示されています。このイベントと重なる会期では、ゲームコントローラーを使ってVR体験ができる展示もあり、子どもたちが順番待ちをするほど人気でした。
表現や形態もさまざまな作品群のなかから、子どもの興味や反応に合わせて観る作品を選べるのも「MOMATコレクション」ならではの楽しみです。
発見からはじまる鑑賞
さらに子どもたちの興味を引き出す仕掛けとして用意されたのが、美術館オリジナルのカード「みつけてビンゴ!」です。9つのマス目には、色や形、動物や人、家や海などの絵が描かれており、美術館のなかでそのモチーフを見つけてビンゴを完成させます。
「探す」というミッションを得た子どもたちは、作品の細部にまで目を光らせ、色や形を見出そうとしていました。
小学生になると、作品のストーリーや背景に興味を示す子も多く、会場に掲示された作品解説を音読する保護者の声に、耳を傾けていました。
この解説はもともと一般向けに書かれたものなので、子どもには少し難しい言葉もあります。たとえば「(描かれたウサギの)脱力したような姿」という解説を聞いて「脱力って?」と尋ねる子には、「あぁ疲れた〜、みたいなことじゃない?」と保護者が補足しながら、絵の中で言葉が示す部分を一緒に確認していました。
展示された作品の中で多くの来場者が足を止めて眺めていたのが、船乗りたちの勇壮な姿を描いた、和田三造《南風》。重要文化財にも指定されている明治後期の絵画です。
会場で行われた対話型鑑賞のプログラム「MOMATコレクション発見隊」でも、この作品が取り上げられました。
作品の前に集まった子どもたち。ガイドスタッフの声かけに応じて、まずは、絵のなかに何が描かれているか、それぞれの気づきを共有します。
「この人は漁師さんだと思う」「近くに島があるのに、みんな後ろを向いていて気づいていない」「お掃除の道具がある」
自分から手を上げて次々に発表する子もいれば、人前で話すのは恥ずかしいという子も。そんな時は保護者が代わりに発表しても大丈夫。
新しい意見が出るたびに、ほかの子もそれを確かめようと、何度も画面のなかで視点を動かします。
「この絵には実は作者自身の姿も描かれています。4人のうち、どの人だと思う?」
ガイドスタッフからの問いかけは簡単なクイズのようで、さりげなく作品の知識にも触れています。各自の自由な想像力と、背景にある情報、さらに一緒に参加した他の人の意見も加わって見方を広げることが、対話を取り入れた鑑賞の醍醐味です。
美術館の空間まるごと楽しむ
美術館に来る楽しみは、作品や展覧会を観ることだけではありません。ショップで買い物をしたり、カフェで休んだり、建築や空間のデザインに触れ、そこで過ごすこと自体が非日常の高揚感をともなうものです。
今回のイベントに訪れた子どもたちも、幼い年代では特に、広い展示室や大きなガラスケース、作品の周りに張り巡らされたロープなど、美術館という特殊な空間そのものに新鮮な驚きを示していました。
「MOMATまるごと探検隊」は、建物や空間に対する興味をさらに広げるためのプログラムです。
参加する子どもたちはまず3〜4人ほどのグループに分かれ小さな机を囲みます。そこに並べられるのが12枚の写真カード。各自1枚ずつ気になる写真を選び、撮影された場所を探し出すのがこの探検隊のミッションです。
椅子や彫刻などなんとなく正体がわかるカードもあれば、幾何学模様やザラザラした質感だけを写したもの、一見しただけでは上下左右もわからない不思議な写真もあります。
自分のカードを決めたら、館内の探検に出発。子どもたちは、大人の予想に反して「これ、さっき見た!」と、次々に答えにたどり着きます。
入れ子のように四角形が重なって見える写真は、吹き抜けになった階段を上から見たところ。椅子を真上から見ると、座面の格子模様が際立って見える。床と柱、天井と壁など、ものの境界にもユニークなラインがあらわれます。
直感的に惹きつけられる形を手がかりに、あちこち歩いてみると、建築や椅子など、それまで背景として見えていたものにも興味が湧いてきます。
安心できるということ
今回、会場に訪れた人から聞いた感想のなかで印象的だったのは「こういう取り組みがあると、安心して来られる」という声。子どもと一緒に美術館に来るための「安心」とはどういうことなのでしょう。
もともと、この「Family Day こどもまっと」は2023年にスタートしたものです。
2回目である今年は、さまざまな工夫が加わりました。
まずは混雑を避けるため時間指定の事前予約制を導入し、入場の流れをスムーズにしたこと。予約の時間までは前庭の芝生エリアで過ごせるよう、貸出用のレジャーシートも用意されました。
また、開館時間中は館内のさまざまな場所で、同時にいくつものプログラムが、繰り返し行われました。
そのほとんどが10分〜20分ほどの構成で、気軽に参加できます。「探検隊」のように、会場を展示室の外まで拡張したのも、より多くの人に参加してもらうための新しい試みでした。さらに、展示室のそばにある「眺めのよい部屋」では、絵本を使って読み聞かせを開催。「MOMATコレクション」でも作品を展示しているアーティスト・元永定正の絵本の世界を紹介しました。
子どもと一緒に美術館へ行く不安のひとつは、もしも静かな展示室で子どもが泣き出したら、というもの。実際にその場面に遭遇してみると、周囲への気兼ねだけでなく、不機嫌になった子を抱えてその場にとどまり続けること自体が難しいものです。
東京国立近代美術館のように複数のフロアに分かれた施設では、一時的に抜け出せる場所が近くにあること、飲食の可否など場所ごとのルールがわかりやすく示されていることも重要でした。
そうした子どもにやさしい環境づくりは、実は高齢者やそのほかの人たちが求める安心との共通点も多いものです。
実際に子どもたちが美術館に来てみることでしか得られない気づき、その積み重ねが、みんなで美術を楽しむための一歩につながっています。
取材日:2024年9月21日
編集:高橋佑香子
Photo: haruharehinata