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レポート

2025年12月11日(木)

2025イベントレポート 夢の続きをみんなで描く「ふしぎなシーツ」アーティスト・ワークショップ

2025年8月24日、国立新美術館で開催されたアーティスト・ワークショップ「ふしぎなシーツ」には、21組59名の親子が参加しました。真夏の休日、美術館に現れたのは、まっさらな巨大シーツ。床から送り出されるエアコンの風でふわふわ膨らんだシーツの上を歩いたり、中に潜ったりして遊び、そのあとみんなで夢を描いていきました。

このワークショップを国立新美術館教育普及室と共に企画・進行した美術家・水内貴英さん(通称じょにーさん)へのインタビューと、当日の様子や参加者の声をお伝えします。

「知らない人の夢」を想像する体験

ワークショップはまず、じょにーさんが手がけてきた作品紹介から始まりました。太陽光と水しぶきで大きな虹を出現させるプロジェクトや、ビニール袋と扇風機でつくった巨大なトナカイ。どれも身近な素材を用いながら、場の空気を変えてしまう不思議な力を持っています。

その後は「ふしぎなシーツ」という紙芝居が。夏休みに六本木にあるおばあちゃんの家にお泊まりした兄妹が見つけたのは、大きなシーツ。「このシーツには、誰かの夢がしみこんでいる」と語りかけ、物語の続きを参加者に委ねました。描かれるのは、自分の夢ではなく「知らない誰かの夢」。ここで生まれる想像力の飛躍こそ、今回のワークショップのキーポイントです。

インタビュー:美術家じょにー(水内貴英)さんに聞く

今回の「ふしぎなシーツ」というアイデアは、どのように生まれたのですか?

じょにー: 六本木の街を歩いて美術館に来ると、本当に色んな人に出会います。老若男女、観光で訪れる海外の人、仕事帰りの人、学生さん……。美術館の中も同じで、多様な人が集まる場所なんですよね。そこで改めて、「色んな人が集まっている」ということを意識してみたらどうだろうと考えたんです。

普段、私たちは「知らない誰か」について考える機会って、あまりないですよね。僕自身もそうなんです。でも、美術館は本来、知らない人の心の中を覗くような体験ができる特別な場所。作品は作者の心象世界が形になったものだから、その心の中に少しだけ触れてみることができる。そう考えると、美術館は「他者の心の世界を覗く場」ですよね。

ただ、子どもたちや美術に初めて触れる人たちにとって、その心象世界を想像するのは難しいかもしれない。そこで「夢」という言葉に置き換えたんです。自分の夢ではなく、誰かの夢を想像して描く。そうすることで、他者の存在を感じ取りつつも、楽しく、わかりやすく体験できるんじゃないかと思いました。六本木という多様な人が行き交う街にある美術館だからこそ成立するプログラムだと感じて、今回の「ふしぎなシーツ」を組み立てたんです。

ワークショップをゼロから考える

じょにー:僕は、毎回ワークショップをゼロから考えるようにしています。開催する場所をリサーチして、その場所に合ったものを作るんです。同じシーツを使ったり、似た素材を扱ったりしたとしても、コンセプトはまったく変わります。導入のお話、展開の仕方、声のかけ方……それらも毎回違います。ワークショップは“その場かぎりの一期一会”のようなもの。だからこそ、その都度丁寧に立ち上げていくことを大切にしています。

「ワークショップそのものも作品」その背景にある思いについて

——水内さんは25年もワークショップを続けてこられましたが、「ワークショップそのものも作品」とおっしゃっていますよね。そのあたりを詳しく教えてください。

じょにー: 僕はもともと大学で絵を描いていました。でも、一人で作品を仕上げるのがあまり得意じゃなくて……。そんなときに、大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレにボランティアで関わったのが転機でした。そこでプロジェクト型アートに出会ったんです。作品そのものだけでなく、その過程や成り立ち、時間の流れそのものが作品になる。そういう考え方に惹かれて、自分もやってみたいと思うようになりました。

当時は、ワークショップは作品に付随するものという立場でした。でも、いざ自分でワークショップをやってみると、プロジェクト型のアートと本質的には変わらないと気づいたんです。しっかりとコンセプトを持って丁寧に設計されたワークショップは、それ自体が立派な作品。呼び方が違うだけで、実は同じなんですよね。だから僕は、ワークショップにも作品と同じ熱量と意識を込めたいと思っています。

僕の作品は消えてなくなるものが多いんです。虹も一瞬で消えてしまうし、ビニールでつくった大きな作品もやがて片付けられてなくなる。そういう点では、ワークショップも同じ。どちらも記録や記憶に残るだけで、実体としては消えてしまう。でもだからこそ、その瞬間を大切にできるんです。僕の中では、作品とワークショップはほとんど同じ存在です。

身近な素材を使う理由

——虹やトナカイなど、大きくて不思議なものを「身近な素材」で表現されていますね。素材へのこだわりを教えてください。

じょにー: 僕はもともと工作少年だったんです。小さい頃から身の回りのもので工夫して遊んでいました。その延長で、大人になっても「身近な素材で不思議なものをつくりたい」という気持ちが続いているんだと思います。

もし見たことのない素材や特別な技術だけを使ったら、人々の日常の実感からかけ離れてしまう。そうすると作品への共感も生まれにくい気がするんです。だから、誰もが知っている素材を使って、見たこともない世界を立ち上げることに魅力を感じます。僕自身、実感や生活感覚から離れないようにすることも意識していますね。

ワークショップでの子どもたちとのやりとり

——「みんな、じょにーに聞いてみたいことある?」と声をかけられていましたが、相談は多いのでしょうか?

じょにー: 今回のワークショップでは、ほとんど来ませんでした(笑)。僕に相談に来ないくらい、各自が夢中で取り組んでいるということ。それが大成功なんです。とはいえ、親子で戸惑ってしまって手が止まっていることもあります。そんな時は少しだけ手助けします。「なにを描きたいの?」と聞いて、「夕陽を描きたい」と答えてくれたら、「じゃあまず丸を描いてみようか」と背中を押す。そうやって一歩を踏み出せれば、あとは身体が自然と動いていくんです。

創作は身体運動でもあるんですよね。頭で考えるだけでは行き詰まってしまうけれど、身体を動かし始めると一気に流れが生まれる。僕の役割は、その最初の一歩を支えることなんだと思います。

続ける中で変わったこと、変わらないこと

——25年続けてこられた中で、ご自身にとって変わったことや変わらないことはありますか?

じょにー: 子どもたちは変わらない!これは本当にそう思います。昔の子も今の子も、根っこの部分の良さは変わらないんです。

僕自身が大切にしているのは、子どもたちのモチベーションを引き出すこと。やりたい!という気持ちを高めてあげたら、あとはほったらかす(笑)。「こうやって作りなさい」とは言わないんです。自分のモチベーションで動き、自分の手で生み出す。その体験こそが大事だから。なので、ワークショップでは導入を終えたら、僕の仕事はもう8割方終わりです(笑)。

海外でのワークショップについて

——台湾など海外でも活動されていますが、子どもたちの反応は違いますか?

じょにー: 意外と違わないんですよね。養護施設や医療少年院など特殊な環境でもやってきましたが、子どもたちの「やりたい!」という姿勢はどこでも同じ。反応は人間共通のものなんだなと実感します。もちろん出てくる表現は人それぞれ違うけれど、根っこの部分は変わりません。

ただし、環境に応じてワークショップの設計は変えます。たとえば少年院であれば、その場所の環境を取り込むことはあります。でも「少年院だからこうしよう」という先入観からは入らない。子どもたちを特殊な存在として扱わないことが大切だと思っています。

今後の展開について

——最後に、今後やってみたい「ワークショップ作品」があれば教えてください。

じょにー: 実は「これをやりたい!」という企画は特にないんです。その場に行って、その場所で考えることが楽しみなんですよね。出会う人や環境に反応して、その瞬間に生まれるものを大切にしたい。だから、未来に向けた大きなメッセージというよりは、常に反応型でありたいと思っています。

シーツの上に広がった夢の世界

制作が始まると、会場は一気にカラフルに。

シーツは瞬く間に、様々な夢がまざり合った大きな世界へと変貌しました。

参加者の声 〜どんな夢を描いたの?〜

  • 海底の世界を作った家族
      「息子が持ってきたメッシュ素材をひっくり返したら、海の生き物みたいに見えて。それで家族みんなで海底をつくりました。透ける感じが気に入っています」

  • ケーキと虹を描いた家族
      「シーツをかぶったときのお菓子の国のシーンから発展させて、大きなケーキを描きました。海の生き物がケーキを食べにくる物語を家族でつくりました」

  • 男の子とお母さん
      「大きな恐竜が夢に出てきたらびっくりするかも、と思ったところを描きました」

  • 王様クラゲを描いた子
      「クラゲを粘土で作るのが楽しかった。キラキラの紙やセロファンで海を表現しました」

子どもたちの発想は自由でユーモラス。親子で協力しながら、物語を紡ぐ時間はかけがえのないものとなっていました。

「美術館は、知らない人の心を考える場所」

じょにーさんから、ワークショップの最後にこんな言葉がありました。

「今日は、みんなは、知らない人の心の中を想像しながらつくったんじゃないかなと思う。六本木、すごく大きな街だよね。いろんな人がいます。普段は、知らない人のことを考えないよね。じょにーもそうです。でも、そういう人の心の中を考えてみるのも面白いんじゃないかな。

ここは、美術館です。いろんな作品がある場所。作品って、作った人の心の中が作品になっている。この人の心の中、この人の夢の世界ってどうなっているんだろう?と考えることができます。美術館って、知らない人の心の中を考えるのにすごくいい場所。そういうところって他にはなかなかないよね。だから、美術館にまた来る時には、ぜひそんなふうに楽しんでみてください。——はい、じゃあ今日のワークショップはおしまい!」

終わりに

「ふしぎなシーツ」は単なる工作体験ではありませんでした。誰かの夢を想像し、自分の身体を動かし、みんなで一緒に大きな世界をつくる。じょにーさんが言うように、その時間そのものが「作品」になりました。


文: 新井まる
撮影: 石原敦志