レポート
2024年9月2日(月)
2024イベントレポート「びじゅつかんのお仕事たいけん!/もまっくファミリーアワー」
2023年に開館60周年を迎えた京都国立近代美術館では、その記念事業の一環として、子どもたちが美術館のバックヤードを見学しながら、学芸員やチケットカウンターなどの仕事を体験するプログラム「びじゅつかんのお仕事たいけん!」が行われました。その反響を受けて2回目となった2024年は8月3日(土)に開催され、午前午後の2部制で小学4年生から中学3年生まで42名が参加しました。
また同日は、通常の開館時間とは別に「もまっくファミリーアワー」という特別入場の時間が設けられ、未就学児を含む子どもを連れた家族がのびのび展覧会を楽しんでいました。開催中の企画展「倉俣史朗のデザイン−記憶のなかの小宇宙」で展示された不思議な形の椅子に、子どもたちは素直な驚きの声をあげ、会場は和やかな雰囲気でした。
ようこそ美術館の裏側へ
京都国立近代美術館は、平安神宮のすぐそば、美術館や動物園などの文化施設の多い岡崎公園のなかにあります。京都を中心とした西日本の美術や工芸をはじめ国内外の作品を収蔵しており、それらを紹介するコレクション展と、さまざまなテーマに沿った企画展が開催されています。
今回「びじゅつかんのお仕事たいけん!」に参加する子どもたちは、まず1階の講堂に集まって美術館の歴史や建物についての紹介を受けます。
「この美術館に来るのが初めての人は、どれくらいいるかな?」という問いかけには、小学生を中心にほとんどの子が手をあげていました。
美術館の活動や役割、働く人の仕事について、スライドを使った説明を聞いたあとは、いよいよ美術館の「裏側のぞき見ツアー」に出発です。
案内役を務めるのは、美術館で学芸業務を担当している学芸員。まずはその仕事場である学芸室を覗きに行きます。
机や棚の並ぶ学芸室は、壁面に大型の可動式書庫が立ち並び、それぞれの机にもたくさんの本が積み上げられています。
展覧会を考えたり、作品や作家について調査したり、学芸員の仕事にはたくさんの本や資料が必要なのです。
続いて訪れたのは館長室です。「身近な空間に作品があることで、気持ちよく仕事ができる」という福永館長。室内には、館長みずからコレクションしている彫刻や陶芸などの作品が飾ってありました。
隣接する応接室で、ゆったりしたソファの座り心地を確かめたあとは、搬入口へ向かいます。
搬入口は、美術作品を積んだトラックなどが到着する場所のこと。美術館では展覧会のために国内外さまざまな場所から作品が運ばれてくるので、それらを安全に取り扱うことができるよう、特別な装置が備え付けられています。
作品を下ろすためのリフトや、ゆっくり動く大きなエレベータに実際に乗ってみた子どもたち。機械が作動すると、「おお〜」「大きい〜」と歓声が上がりました。
いろんな仕事、いろんな人
ツアーの後半では、美術館を支えるさまざまな仕事について体験を交えて見ていきます。最初は看守の仕事です。看守の仕事ってなんだと思う?という問いかけに、子どもたちからはすかさず「作品を守ること!」と回答が。
たしかに看守というと、展示室で見張りをしている人というイメージがあるかもしれません。ただ実際は作品だけでなく、ほかにもいろんなものを守る役割があります。
ロビーに掲示されていた「展示室で過ごすときのルール」をヒントに、みんなで考えてみることに。展示室で使ってはいけない筆記用具、持ち込めない食べ物、それらはどうして「禁止」なんだろう。ルールを破ったら何が起こるかな?
さらに展示室に移動して、作品と人の接触を防ぐための“結界”を観察したり、看守の使う七つ道具を教わったり。
普段とは違う視点に立って観察し考えてみることで、「みんなが楽しく安全に鑑賞できる環境を守る」という看守の役割が実感できたようです。
続いては中央監視室に向かいます。ここは館内のさまざまな設備、特に美術館にとっては重要な温度や湿度を管理調整する場所です。大きなモニターを使って、それぞれの設備が正常に作動しているかチェックしています。
来館者として見ている美術館の静謐なイメージとは全く違い、さまざまな機械が音を立てて動く機械室。動力盤や変圧器の内部など、普段は見られない複雑な構造を見学しながら、担当の職員から話を聞きました。
今回のプログラムのなかで、子どもたちがひときわ熱心に取り組んでいたのが、実際にお客さんに対面するチケットカウンターや、インフォメーションなど接客の仕事です。
お客さんから預かったチケットのミシン目を注意深く切り取ったり、アンケートの説明をしたり。偶然居合わせた一般の来場者も、一生懸命案内する子どもたちに「勉強に来ているの?頑張ってね」と声をかけるなど、温かく見守っている様子でした。
初対面の大人であるお客さんとのコミュニケーションに、はじめは少し緊張していた子どもたちも、うまく言葉が伝わるとホッとした表情を見せていました。
ミュージアムショップでは、ポストカードなどの品出しを体験したり、ディスプレイのコツを教わったり。スキャナを使って商品のバーコードを読み込む作業では、子ども同士で譲り合って協力する姿も見られました。
My展覧会をつくってみよう
最後は美術館のコレクションを使った展覧会づくり、つまり学芸員の仕事に挑戦です。
用意されたのは36種類の作品カード。日本画や油絵、彫刻だけでなく現代美術やプロダクトデザインなど、さまざまなジャンルの作品があります。自分なりにテーマを考えて、それに合う作品カードを3枚選び、自分の展覧会を考えていきます。
お皿や壺といった同じジャンルの作品で揃える子もいれば、形や色の共通点を手がかりにまとめる子、絵の中に描かれた人物や動物や植物、そこから感じた印象などから着想する子など、発想はさまざま。
日本画に描かれた女性の後ろ姿から、見えない表情を想像してみるなど、それぞれの感性で作品を捉えている姿が印象的でした。
作品選びに悩む子に声をかけたり、一緒に展覧会のタイトルを考えたり。今回のイベントで子どもたちのサポートを担ったのが、京都国立近代美術館でインターンシップに取り組む大学院生たちです。
イベント当日、4階の展示室では「コレクション展」も開催されていました。子どもたちが作品とより楽しく出会えるようにと、インターンのメンバーが中心となって制作した鑑賞カードも用意されました。
カードは全部で6種類(6作品)。子どもにやさしい言葉づかいで作品の見どころや、作品をじっくり見るための問いかけが紹介されています。作品のそばではなくあえて展示室の入り口にまとめて設置され、来場者はカードの画像を頼りに会場で作品を探すところからスタートします。
「ここにあった!」という発見は、子どもたちにとって、宝探しのようなアクティビティにもなりそうです。
美術館で楽しい思い出を
展示室で、もしも子どもが大きな声を出してしまったら。そんな心配から美術館に行くことを躊躇してしまう人は案外多いのかもしれません。
「美術館は本来、声のトーンさえ気をつければ、おしゃべりをしていい場所です。それでもやっぱり子どもと一緒に美術館に行くのは、他の人に迷惑をかけてしまうのではないかといった理由で遠慮されるという声はよく聞きます。そのハードルを下げ、大人も子どもも安心して過ごしていただくきっかけのひとつとして、家族のための鑑賞時間を設ける取り組みをおこなっています」
そう話すのは、今回の子ども向けイベントを企画した京都国立近代美術館研究員の松山さん。同館では数年前から、小さな子どもたちや保護者にのびのび展覧会を楽しんでもらえるよう、混雑が予想される企画展の会期中などに日時を定めて「もまっくファミリーアワー」を実施しています。
今回は通常の開館時間前の1時間を、おしゃべりをしながら賑やかに鑑賞できるファミリーアワーに設定。中学生以下の子どもとご一緒に来館すれば大人も、割引料金で入場できます。
ファミリーアワー当日。いつもより1時間早い午前9時に開館すると、外で待っていた親子連れが早速入場してきました。
企画展「倉俣史朗のデザイン−記憶のなかの小宇宙」の会場には、アクリルなどさまざまな素材を使った椅子や家具がずらりと展示されています。
「うわ〜!いっぱいあるなあ」「透明な椅子やん!」
子どもたちの素直な驚きの声が会場に響きます。展示されている机や椅子といった家具は、子どもの目線でも見やすい高さに置かれているものが多く、来場した家族は作品の周りを歩き、時には首を傾げながらいろんな角度で眺める姿が見られました。
ワゴン形の作品の後ろに立って押す仕草をして遊んだり、家族でテーブルを囲んでみたり。未就学児から小学校低学年くらいの子どもが多く、同年代の子がたくさんいることも彼らがリラックスして楽しめるポイントになっていたのかもしれません。
子どもたちにとって、美術館が「好きな場所」のひとつとして思い出に刻まれれば、家族はもちろん、みんなでアート楽しむ機会を未来につなげていくきっかけになるはずです。
取材日:2024年8月3日
編集:高橋佑香子
Photo: haruharehinata